循環型生活〜自給自足生活に向けての想い。

循環型生活というカテゴリーを作ったまま放置していました。

今後はこちらのカテゴリーで循環型生活について感じたことや、知識や知恵のメモ、それに向けての動きなどを細かく分けてアーカイブしていこうと思います。ここ数年で、こなやとの出会いもあり、その周りで多くの自然を愛する人たちと出会えることができました。

Pinocoaの最終的なビジョンは、世界平和を達成し、特定の主義、思想に依存せず、循環型生活の中で自由に芸術を創造していくことにあります。

そして、人々〜生命すべてがPinocoaの作品、もしくは作品と触れ合い、振動しあい、みなさんの生活の中で存在する創造性を感じ取り、それらを増幅させていってもらうことが私たちの何よりの喜びです。

ピノコアに出会ってアートに出会っていただきます。

極限までナチュラルを追求するのがPinocoaの方針です。

もちろん音楽制作の際もワンポイント録音を採用していますし、写真撮影に関してもPhotoshopを使いますが、微調整だけにとどめ、合成や加工は極力しない方針で制作しています。


原始人生活とは違う循環型生活

循環型生活というのは何も原始人のような生活をするというわけではありません。

僕の理想としては、人類が培ってきた叡智や知識、知恵などは存分に利用させてもらいたいと思っていますし、科学技術、化学技術も大いに活用する所存です。

例えば、発酵技術一つとっても、人類の化学、知恵を使わざるおえません。

「食料を長期間保存する知恵」、それは優秀な冷蔵庫を毎日ほぼ無意識的に使っていると忘れ去られてしまう存在でもあります。

食品の保存〜天然加工を行うために微生物学などもかかせません。

なんの知識も知恵もなく近代的な循環型生活は成立しないのです。


食文化

人間が生活する上で「衣・食・住」は必ず必要です。

特に食に関しては、20世紀中頃〜終わりにかけて、人類が歩んできた長い歴史の「食事」という概念が崩壊寸前まで行きました。

かろうじで、危機を意識した人々がいて、再生する努力をし、食文化の絶滅だけは免れました。

しかし、依然として化学製品や、工業製品のようなものを食事と誤認し生活していく世界が資本主義の中では蔓延しています。

資本主義の世界では労働力の調整が必須です。

強烈な農薬が何故必要なのか??!
労働力の余剰価値を資本に変えるため。
何日も食べ物が腐らない保存料は何故必要か??!
労働力の余剰価値を資本に変えるため。
牛乳や酒の量増しは何故必要か??!
資源の余剰分を資本として確保するため。

人間が必ず必要で手にする「衣・食・住」に関して、労働力のコーディネートが入るのは資本主義の世界では必然且つ必須だと言えるのではないでしょうか。

中でも食事に関し、大量の死者がでて、人類の生存が危ぶまれた時こそ、資本主義の限界地点だと言えます。

そして、すでに限界地点に王手がかかる時代に突入しました。

化学調味料が原因だと疑われる病気も多数確認され、連鎖的に発病する可能性が疑われている病気も多数あるようです。

人は命であり、命と共に生き、命をいただき、在り続ける

のです。

それは我々Pinocoaのアーティストが創造する芸術も同じです。

芸術とは命であり、命と共に生き、命と共に創造し、在り続ける。

のです。


物々交換の意味とは?!

物々交換とは、本当の意味での契約成立なのです。

貨幣での売買とは↓↓↓

これは本来人と人が交渉し交換するのではなく、貨幣価値と人が交渉し、価値と交換します。

しかし、この貨幣価値とは一体なんなのでしょうか?!

一万円札の原価は23円です。

23円の製造コストを使って、10000JPYENの価値を付けて完成です。

百均で買ったサイン色紙にピカソがサインをして、1億円になるのと同じことなのです。

一万円札の場合は政府がピカソになります。

市場をコントロールし、市場に対しての価値を生みだし、それを23円で出来た紙に付加して流通させます。

時の政権がコントロールする市場で政府が間接的に交渉しているとも言えます。

限られた市場、主義の元でしか機能しないのがお金なのです。

無人島に漂流し、米10kgを持った人[A]と水を10L持った人[B]と1万円札を持った人[C]がいるとします。

AとBは半分づつ交換が成立するでしょう。

しかし、Cの人はA,Bそれぞれの人から交換してもらえるでしょうか?!

無人島という日銀もない、特定の主義もない市場では1万円札など本当の紙切れになってしまいます。

物々交換をするということは、政府の価値を押しつけられない、政府の管理下に入らない、政府の交渉介入を認めないということなのです。

つまり、人と人が本当の意味でお互いの交渉が成立したときにのみ実行されます。

これは政府を介して繋がる人ではなく、命と命が繋がる人付き合いだといえるでしょう。


 ただし、僕はお金というこの便利な道具を全否定しているつもりはないのです。

逆に言うと、限られた市場であれば、面倒な交渉時間を省き手っ取り早く交渉を強制成立させてくれる便利な道具だとも言えます。

上記の無人島でのA,B,Cさんのケースで仮に東京などの都市型社会に住んでいる場合、米10kgを持って水と交換しにいくよりも、政府が太鼓判を押した紙切れを持っていく方が軽いです(笑)

重要なのは、この市場、主義をよく観察し、交渉方法の一つとして自由に選択できる状況にお金を取り扱うという部分です。

貨幣が悪だとは思いません。

最も原始的な貨幣取引は、銀行が発達し貨幣に対し信用創造するようになるまでは便利な道具であったことは間違いないでしょう。

この「選択ができる」というのは、人が自由になるために必要なエネルギーだと思います。

資本主義によって手に入れた幻想や自由、失った叡智、それぞれをしっかりと観察することが大切だと思います。


具体的にどうすれば限られた市場以外の限られた物々交換の市場を生み出せるのでしょうか?!

それこそまさに、地域活性化であり、地方再生であります。

物々交換が主流であり、循環型生活が成立していたと言われる江戸時代はまさに幕藩体制であり、地方分権といってしまうと少し誤解があるでしょうが、それぞれの地域でまさに地と共に生きる人々が独立して生活していました。

では、現代における地域活性化とはなんでしょうか?!

「地産地消、そして地の物を名産にして、観光客を呼び、じゃぶじゃぶお金を使ってもらい、活発化していく!?」これは違います。
これは一般的なイメージでしょうし、例えば地域の商店街、や地域で商売している方にとっては上記のようなアプローチをするのが正攻法かもしれません。
ただ観光客がたくさん来て、「商売の売り上げが上がった」「店にたくさん人が来るようになった」「地元名産品がたくさん売れた」これは至極単一思考ではないかと思います。
広域思考で地域活性化を見てみると、その「目的」は一体何なんでしょうか?

僕は思います。
「地産地消の活性で国内自給率があがります」→「外交に変化が現れます(日本の力になります)」
「地産地消のための労働力が必要です」→「雇用が産まれます。」(もちろんこれは資本主義における労働力のコーディネートが不要な「力」である。)
「雇用が産まれると若者が都会に行く必要性が減ります」→「高齢者、後期高齢者との共同地域生活によって、介護保険などの各種高齢者のための国が管理するシステムを国に依存する必要がなくなります。」
「地域が再生することで日本の資源は有効に使われます」
「地域が活性化することで、経済の流れが中央集権的ではなくなります。(地域の中で「価値(貨幣だけではなく)」が循環する。)」↓↓↓

この「価値(貨幣だけではなく)」が地域で循環するというポイントこそが最も重要であり、地域と地方が活性化する鍵となるはずです。

循環には自ずと遠心力が加わります。

これが活性化の見えない力ではないでしょうか!?
地域が活性化するに伴い日本全体のパワーが上がるビジョンを創ることこそ広域思考的地域活性化だと思います。
実は地域にマクロ化しているように見える地域活性化ですが、広域思考的にみると日本全体の変革だと言えます。
これは、先述の限られた市場以外の限られた市場を独自のルートで生み出せるということです。
田舎に「巨大テーマパークを作って人を集めたから周辺の店舗や商店街は儲かる〜そのために外国人向けのメニューを置こう」という図は頭痛の時に痛み止めを飲むようなものだと思います。

大切なことは地域に生命力をもたらすこと。

そしてその生命力が永続循環する流れを創ることが地域活性化だと思います。
この流れを創る方法は一見すると単一思考的アプローチと似たようなアプローチに見えるかもしれません。
しかし、その根底にあるビジョンや概念は全く違うものだと思います。


Pinocoaのにとっての価値とは!?

2016年12月にKotaro Hattoriのソロリサイタルがこなやで開かれましたが、この時、お客さんには自由にチケット代を払ってもらい且つ、物納も可というスタイルでリサイタルを開催しました。

自慢の農産物をたくさん持ってきてくれた方も、お酒を持ってきてくれた方も、重い荷物が大変なので、紙幣でくれた方も様々な方が想いと、気持ちを払ってくれました。

僕自身そういったコンサートが長い間理想的でした。

米もいただきました。

もちろん12月はそれだけで「衣・食・住」のうち、食に関しては見事にクリアできていたというのは言うまでもありません。

そして、これからもその理想を追うべく、コンサートの際や、芸術のやり取りをする際の「価値のやり取り」は常に「選択ができるという自由」を最高峰の芸術とパックにして提供したいと思っています。


未来型芸術工房Pinocoaの今後!!!

先述の通り循環型生活を取り入れた芸術工房を創ります。

そして、誰もが選択できる多様性も確保します。

そして、Pinocoaの創造がストップしてしまわないように、命と共に生き、在り続けること。

それが未来型芸術工房Pinocoaです。

・ピノコアは循環型生活で運営します。

3本の柱

→文化の創造

→エネルギーの創造

→芸術作品の創造

物々交換の推奨。

文化(culture)の語源はラテン語のcolereから来ています。

意味は「耕す・栽培」地を耕し、栽培し生命を育むことこそ、カルチャー(文化)なのです。

以上が僕の考える理想的な芸術工房です。

当カテゴリーにてその様子をしっかりアーカイブしていきたいと思っています。


リンク

Pinocoa総合プロデューサー:Kotaro Hattori