みなさんは死について普段どれだけの時間を使って考察しているでしょうか。
人間の致死率は100%です。
誰もが必ず体験する死。
しかし、普段日常生活を送っている私たちが死について考察することはほとんどありません。

その特別なリトリートは、1970年代に、カナダのコルテス等にある当時コールド・マウンテン・インスティテュートと呼ばれていた静かなセンターで行われました。
それはプログラムを開始した朝のことでした。
最初の静かに座る瞑想の時間が終わりかけていました。
その時間の終わりを告げるベルがやさしく鳴り、私たちは足を伸ばして、歩く瞑想のために立ち上がりました。
しかし、一人の男性がずっと座ったままでした。
私は気になって彼を見た時のことを覚えています。
なぜ彼は立ちあがろうとしないのだろう。
彼はまだ結跏趺坐のまま座っていて、彼の脚は完全に曲げられ、ももの上に乗っていました。
その次の瞬間、私は衝撃を受けました。
彼の体が片方に倒れて、崩れ落ち、床に沈んでいきました。
彼はその場所で亡くなりました。
リトリートには医師や看護師が何人か参加していて、彼を助けようと救命処置をしたり、酸素吸入をしたりしましたが、時すでに遅し、でした。
のちに私たちは、みんなで座っている時に彼の大動脈が破裂したことを知りました。
その男性はいたって健康そうでした。
おそらく30代後半くらいでしょう。
彼は自分が瞑想リトリートにやってきて、その最中に死んでしまうなんて夢にも思っていなかったことでしょう。
しかし、あの日、60人が座って瞑想をし、立ち上がったのは59人だったのです。
自分はまるで死ぬことがないかのように感じ行動しながら人生を送っている私たちのほとんどにとって、これは、ぎょっとするような話です。

死にゆく人と共にあること: マインドフルネスによる終末期ケア

いつ何が起こって私たちは死を迎えるのか誰にもわかりません。

常に死を意識し、明日死を迎えるかもしれないという死のコントラストが今の生に光を照らし、より豊かな人生を送れるのかもしれません。

死が切迫していることを知ることは、人生の意味の発見へとまっすぐに続いています。
多くの人にとって、もっともひどい苦しみとなるのは無意味さです。
奇妙なことに、しばしば苦しみと死は失われた意味と深みを人生に取り戻してくれます。
ホロコーストの生存者であるヴィクトール・フランクルが書いているように、死とは生に意味をもたらすものなのです。

死にゆく人と共にあること: マインドフルネスによる終末期ケア
本日はそんな死に関する観察を9つ紹介していきます。

死は誰にも平等に訪れる。

釈迦や、イエスも例外ではありませんでした。
人は必ず死を迎えます。
死があるからこそ生があるとも言えます。
不老不死の世界を想像してみるとより生きるためのコントラストであると感じることができます。

人生は一呼吸ごとに短くなっている。

何かを食べる、話す、歩く、飲む、呼吸をする。
ばたきを一回するたびでさえ人生は刻一刻と死に近づいています。

ほとんどの人は死の準備ができていない。

日常を生きる。
ビジネスをしてお金を稼ぎ、使う。
将来の心配をする。
死の準備に関する心配はほとんどしませんよね。
死という人生のゴール、目的地に向かって今何ができるか考えて準備をすることで、今この瞬間輝くのではないでしょうか。

死の理由は一つじゃない。

冒頭でも引用させていただいたように、死はある日突然やってくるかもしれません。
必ず寿命で迎えるとか、事故で迎えるとか、病気で迎えるなどという決定はありません。
末期の診断が下されてもそれが原因とは限りません。

人間の身体は驚くほど脆い。

人間は安定して酸素を取り入れ続けないと死にます。
またどこかに頭をぶつけてもあたりどころによっては死にます。

物質的なものに意味はない。

たくさんお金を稼ぎ、豪華な家、高級車、素敵なデザインの洋服や宝石、金塊を持っていても、死を意識するとそれらになんの意味もないことがわかります。
たとえ1円玉であっても、髪の毛一本であっても例外なく後に残していかなければいけません。

あなたが必死に集めてきたものは家族や友人、親戚たちに分配されます。
中にはゴミと一緒に焼却されるものもあるかもしれません。
死を迎えるために大切なことはなんでしょうか。
釈迦の言う執着を手放せという言葉はこういった面でも生きてくるのかもしれません。

どんなに愛する人も救えない。

すべては1番目の「死は誰にも平等に訪れる。」に通じますが、どんなに愛しる人であろうともやってくる死を避けることはできません。
誰かの死があるということは、誰かの喪失を生み出すことになります。
死を受け入れるということは喪失も受け入れる覚悟と準備が必要です。

3つ目は、死に関するお話です。
私は17の時、こんなような言葉をどこかで読みました。
確かこうです。
「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」。
それは私にとって強烈な印象を与える言葉でした。
そしてそれから現在に至るまで33年間、私は毎朝鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。
「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」。
それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。
自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。
これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。
何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。そして後に残されるのは本当に大事なことだけ。
自分もいつかは死ぬ。
そのことを思い起こせば自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限り最善の防御策です。
君たちはもう素っ裸なんです。
自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。

Apple共同創業者:スティーブ・ジョブズ

If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?

死に対して常に考察し、受け入れることで今日、今この瞬間の生に輝きをもたらせるのかもしれません。

参考書籍

Kotaro
Kotaro
フォトグラファー&サウンドデザイナー。
音大を卒業後ピアニストとして活動。
自身のピアノトリオで活動後北欧スウェーデンにてシンガーアーティストLindha Kallerdahlと声帯とピアノによる即興哲学を研究。
その後ドイツへ渡りケルンにてAchim Tangと共に作品制作。
帰国後、金田式電流伝送DC録音の名手:五島昭彦氏のスタジオ「タイムマシンレコード」にアシスタントとして弟子入りし、録音エンジニアとしての活動開始。
独立後、音楽レーベル「芸術工房Pinocoa(現在はKotaro Studioに統合)」を立ち上げ、タンゴやクラシックなどのアコースティック音楽作品を多数プロデュース。
その後、秋山庄太郎氏後継の写真スタジオ「村上アーカイブス」でサウンドデザイナー兼音響担当として映像制作チームに参加。
本格的に写真、映像技術を学ぶ。
現在はKotaro Studioにて民族音楽に関する文化を研究。
Pinocoaでは約7年の在宅介護の経験から、誰かに癒しを届けるためのヒーリングコンテンツを研究。
「誰かのためにただここに在る」をコンセプトに誰かがいつでも訪れ安心感が得られるサイトを模索中。
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