【第二回】カルロス・ガルデルの影響力


※この記事は2020年4月30日に更新されました。

カルロス・ガルデルは歌手です。

しかし、なぜこのカテゴリーでピックアップされるのでしょうか?

それは、ガルデルが、歌手だけでなく、オーケストラの演奏にも多大な影響を及ぼしたからなのです。

ガルデルの影響力

1917年にガルデルが「Mi nocha triste」ミ・ノーチェ・トリステ(私の悲しい夜)を発表したときに、「私はタンゴをこうやって歌っていく!」ということを歌って示し、それが、後のタンゴの歌唱法・表現法となり、ガルデルの表現法がタンゴ業界の道しるべの一つとなりました。

同時に、ガルデルはオーケストラ(器楽)に対しても、道しるべの役割を担っていくことになります。

ガルデルは歌い方はもちろんのこと、レパートリーの選び方、さらには、どのようなアプローチでギターに伴奏させるかなどについて、非常によく考えられていました。

オルケスタのリーダーたちは、自分たちが演奏するときはいつも、ガルデルの歌唱法との組み合わせをイメージしていました。

例えばあの偉大なアニバル・トロイロでさえも、ガルデルを尊敬しており、「「Yo quiero que mi orquesta cante como Gardel.」ジョ・キエロ・ケ・ミ・オルケスタ・カンテ・コモ・ガルデル私は、自分のオーケストラにはガルデルのように歌ってほしい。」と言っているんですねぇ~

自身の楽団にはガルデルのようなサウンドが欲しかったのです。

ガルデルの持つリズム力・強さ・エネルギーが、備わってほしかったのです。

→アニバル・トロイロとは?!

ディ・サルリやプグリエーセもガルデルを意識していました。

ガルデル自身の変化

ガルデル自体もしっかりと歌唱法などにアレンジを加えて進化していっています。

例えばガルデルが録音したMi noche triste の1917版と1930年版は全く違う歌い方をしているのがよくわかると思います。

こちらが先ほども紹介した1917年版

そしてこちらが1930年版

ガルデルはタンゴの歴史と、スタイルの発展に寄与した極めて重要な歴史的人物だといえるのではないでしょうか。

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