Francisco Canaro (フランシスコ・カナロ)


※この記事は2020年3月27日に更新されました。

1888年11月26日 – 1964年12月14日(76歳没)

ウルグアイ出身で主として隣国のアルゼンチンで活躍したタンゴのヴァイオリニスト・指揮者・作曲家です。

独学で習得

カナロはウルグアイのサン・ホセ・デ・マジョに生まれました。

幼い頃に、アルゼンチンのブエノスアイレスに移住します。

当時、実家の家計は苦しく、ギター・マンドリン・ヴァイオリン・ハモンドオルガン等の楽器をすべて独学で習得したと言われています。

1906年18歳の時にヴァイオリン、ギターそしてマンドリンとのトリオでデビューします。

1964年に亡くなるまで、タンゴ界の第一線で活躍してきました。

作曲した作品は700曲、録音したレコードは7000タイトルだよ

と、自伝の中で語っています。

カナロが産まれたころのウルグアイ

1880年代にタンゴは誕生したと言われており、アルゼンチン~ブエノスアイレスのボカ地区が発祥という説と、ウルグアイのモンテビデオが発祥という説が混合しています。

当然どちらの地域も我らの地域から発祥したと主張するにゃ!

カナロが誕生したサン・ホセ・デ・マジョと、モンテビデオは約100kmほど。

幼いころにアルゼンチンに移住していますから、どちらが発祥だとしても、タンゴ誕生の歴史の風に立ち会った数少ないマエストロと言えるのではないでしょうか。

ちなみに近年も続くウルグアイの畜産業はこの頃発達したと言われています。

カナロが産まれた当時は軍事政権でした。

その後、1903年にホセ・バッジェ・イ・オルドーニェス大統領が就任すると、「南米のスイス」とも呼ばれる超福祉国家になっていきます。

以前1943年モンテビデオ産まれのピアニストと飲んだ時に当時の様子を聞いてみたことがあります。

ウーゴ:俺が産まれたときなんかウルグアイの貧困まじでやばかったで。

こうたろう:どんな感じ?でもピアノ弾いてるってことはそこそこ裕福やったんちゃう?

ウーゴ:何ゆーてんねん!全然やで!10歳くらいやったかな~?中古のアコーディオンゲットして死ぬ気で練習したんや。ほんで、おっさんたちの流ししながら日銭稼いでた。うまくなればなるほど、稼ぎよくなるからもうマジで必死やで。

こうたろう:そうなんか~知らんかった。

ウーゴ:だから俺アコーディオンめっちゃうまいやろ?

こうたろう:せやな!ええ感じや!

1940年代でこんな感じですから、カナロは経済的に困窮しながら独学で楽器を覚える!というのは現代人では考えられない気合いと努力が必要だったと思います。

ちなみにウーゴ・ファトルーソが2018年にリリースしたアルバムを発見したのでシェアするにゃ!

→ウルグアイについて(街の映像などもあり)

カナロ楽団を堪能するにはこちらのアルバム
↓↓↓

カナロ楽団の黄金期が凝縮されているラマ!

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