【ハインリヒ・バンド】バンドネオン誕生の歴史


※この記事は2020年4月4日に更新されました。

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本日は4月4日は、バンドネオンの創始者と言われるハインリヒバンドの誕生日です。

ハインリヒバンドは1821年4月4日、ドイツとオランダの国境付近のクレーフェルトで産まれました。

アコーディオンからバンドネオンへ

1820年代終わりに外での演奏を可能にするためにウィーンで開発されたアコーディオン。

最初のアコーディオンは1829年楽器製作家シリル・デミアンにゃ!

その後1834年に、キーが鍵盤式ではなく、ボタン式に改造されたコンサーティーナという楽器が開発されました。

これがバンドネオンの原型と言えます。

引用:Wikipedia

コンサーティーナは1829年イギリスの物理学者:チャールズ・ホイートストンがイングリッシュ・コンサーティーナの特許を取得しました。

ここからジャーマン式コンサーティーナとなり、バンドネオンへと繋がっていきます。

ジャーマン式コンサーティーナを最初に開発したのはドイツのケムニッツ市に住む楽器製作家カール・フリードリヒ・ウーリヒにゃ!

ちなみにアコーディオンを含めた蛇腹式楽器のことを日本語で手風琴と言うラマ~

1847年誕生

ハインリヒバンドは、ケムニッツ市へ旅した際にウーリッヒのジャーマン式コンサーティーナを購入します。

そこへ、低音域を拡張するなどボタン配列に変更を加え、1847年にバンドネオンを考案しました。

ただしハインリヒバンド自身は当初、自分の楽器を「アコーディオン」と呼んでおり、「バンドネオン」とは呼ばなかったそうです。

後に、バンドの名前と、アコーディオンの「イオン」を組み合わせて「Bandonion」という楽器名が生まれました。

このため、ハインリヒバンドがバンドネオンの父と言えますが、原型を開発したのはウーリヒのため、ウーリヒが産みの親とする考え方もあります。

引用:Wikipedia

こちらがウーリッヒのジャーマン式コンサーティーナですが、形と言いほぼほぼバンドネオンそのものですよね。

ドイツ3Bを産んだ音楽が大好きなドイツでは、音楽をどこでも携帯しようと必死に開発していたんですね。

こちらは毎年ハノーファーで行われるDampf-Festivalの様子です。

4分31秒付近から自動音楽が流れますが、ここでは手風琴も使われてると思われます。

ドイツでは手風琴が今でも一般的に愛されている様子がうかがえます。

現在でも大手DAWの開発社はドイツに集中しているのはこの映像を見ればなんとなく分かりますよね。

→Dampf-Festival 2019

この祭りタイミングが合えばいってみたいです。その時にドイツの手風琴の歴史に関する取材をしたいと思っています。

海を渡りアルゼンチンへ・・・

実はドイツからアルゼンチンへ渡った詳細な経路や歴史は明らかにされていません。

1900年頃にはアルゼンチンに渡り、1910年代にはすでにアルゼンチンではタンゴに欠かせない楽器になっていたのは事実です。

フリオ・デ・カロはバンドネオンがアルゼンチンに渡った歴史を直接見ていたかもしれないにゃ!

フリオ・デ・カロ(サイト内移動)

こちらは1905年頃のバンドネオン。

引用:Wikipedia

タンゴの始まりに使われていたのはまさにこれなんじゃにゃいかにゃ?!

僕もそう思うラマ~

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