今後日本中で増えていくと予想される在宅介護。

日本でも令和に入ってようやく死について考える風潮が芽生え始めました。

スパゲティ症候群という名前も一般的に浸透してきたと言えます。

スパゲティ症候群最先端の医療機器を身体中にセットされ、テクノロジーによって生命が維持されている状態を指します。
自然死や寿命を迎える準備のある高齢者に最先端の生命維持装置を装着し目的のない延命を施すことに倫理的な問題を投げかける風刺的な意味合いを込めた名称となっています。
先進国では20世紀後半から倫理的に問題視されはじめ、日本でも21世紀に入ったあたりから多くの人が考えるようになっていきました。

病院、老人ホーム、自宅。

最期を迎える場所を選べる時代。

みなさんはどう迎えたいですか?

そしてどこで見送ってあげたいですか?

死を治療する病院

本人の意思に反する、もしくは意思確認のないままスパゲティ症候群になる高齢者は2021年現在でもかなりの数存在していると言われています。

それにはもちろん高額医療費上限制度で年金との差額が生じたりといった金銭的な問題もあることでしょう。

しかし、本人の意識はないまま、もしくは薬で意識が朦朧とさせられたままスパゲティ症候群状態になり、家族から年金を吸い取られ、胃ろうから栄養を強制的に注入される状態は果たして本当に幸せでしょうか。

病院は治療する場所であり、死は治療できません。

何を治療しに病院に行くのか?を一人一人がしっかり考える必要があります。

病院での高齢者の扱い方や、スパゲティ症候群を実際に目の当たりにするとたとえ医療従事者であっても衝撃を受けると言われています。
筆者も衝撃を受けた中の一人。

体験談

介護を始めた初期のころ、まだ要支援や要介護1などの時。

その頃はお弁当を作っておいておけば筆者も仕事に出かけられるような生活でした。

当時は外出先の筆者の携帯にボタン一つで通信できるように電話機を設定しており、何かあったら連絡するように伝えてありました。

「何かあったら救急車を呼べばいい」と思い込んでおり、病院は安全安心の場所であると信じて疑いませんでした。

一回目の心筋梗塞

要支援や要介護1程度の介護生活も慣れてきたある夜、夕食後に突然激しい胸痛の訴えがあり、汗が吹き出し、当時はまだデイサービス程度の介護サービスしか利用していなかったため救急車を呼んで搬送。

慌てた様子のドクターがすぐに同意書を持ってきて「心臓のカテーテル挿入」の説明をしてくれました。

すぐに緊急入院となりましたが、ここで驚いたのがせん妄という症状。

高齢者が入院すると起こる現象だそうで、まだ原因や治療法は解明されていないそうです。

そしてそのせん妄を抑えるために「投薬」この投薬に関しては医学的な誤解があってはいけませんので当サイトでは割愛とさせてください。

この投薬によってほぼ24時間眠らされることとなり、その非人道的な扱いに驚いていると、当時担当のケアマネージャーから在宅介護の存在を教えてもらったわけです。

さっそくドクターに「延命と自然死」について、面談で相談。

するとその時のドクターは「大変先進的なお考えだと思います。現状ではまだ私たちからそういったお話はできないので、すごくよく勉強されているんだな〜と感心しました。」とおっしゃってくれ、「今すぐにでも退院を許可します。」と許可してくれ、病棟の看護師たちは驚いていましたが、19時過ぎでしたが、せん妄と投薬で朦朧とした祖母を介護タクシーに乗せ帰宅。

その時の病棟の看護師さんたちの驚き具合から見るにやはり在宅医療や在宅介護はまだまだ一般的ではないのだと感じます。

二回目の入院

そこから訪問看護、往診の組み合わせで在宅での療養を整えていきました。

せん妄自体はだいたい4日もすれば改善しました。

在宅介護の体制が整った矢先、また激しい胸痛が。。。

在宅医療、介護で進めていたため看護師を呼び、対処してもらおうとするとその看護師が何を思ったのかドクターを呼び、ドクターが「搬送すればすぐに治るから搬送をおすすめする」とのことで、まだ意思の弱かった当時は搬送を黙認する形で2度目の入院となりました。

その2度目の病院がまさに悪夢でした。

到着時より激しいせん妄状態で即座に「投薬」。

深夜だったので翌日病院へ行くとドクターは「もううるさいんで眠らせてます。」とニッコリ。

口腔ケアも一切してもらってなかったようで、口元はまるでミイラのよう。

後に知ったことですが、口腔ケアの質でその病院の看護の質が見分けられるということです。
食事をしないからといって口腔ケアをしないなんて通常ありえないそうです。

このドクターのコメントと看護の質でどのような病院かは読者の方にはお察しがつくかと思います。

そのままもう家に連れて帰ります。

と伝えるとドクターは「今帰ったら死にますよ!?」とニッコリ。

ケアマネージャーにも連絡を入れ、紹介した往診のドクターも無理矢理電話を入れ味方につけその足で帰宅しました。

この救出が祖母の人生の命運を分けたと言ってもいい。
この救出こそ筆者が行った最大にして最高の介護だったのかもしれません。
どんなに辛い状態になろうとも今この状態よりひどい環境にはさせない自信がありました。
それほどまさに生き地獄のような環境でした。
これは体験しないとなかなか伝わらない点なのかもしれません。
もう意識のない祖母に「おうちに帰ろうね、今日絶対に連れて帰るからね!」と伝えると、蚊の鳴くような声で「ありがとう」と。
口腔ケアももちろん清拭もないこの世の地獄のような場所だったのでミイラのような状態になっており、物質的な涙は流れませんでしたが、確かに祖母の目からは涙が落ちる感触を感じました。

体制を整えそこから約2年

訪問看護師は最後まで看取ってくれたベテランの別の看護師に変わり、そこからケアマネージャーと共に在宅介護の環境を整えこの救出劇から約2年、家で毎日幸せに暮らしました。

認知症が進みもう場所もわからなくなっていましたが、「ねえ〇〇ちゃん(私の名前)、なんだかよくわからないんだけど幸せね」と言っていたのが印象的に残っています。

こんなに嬉しい言葉をもらうことは滅多にないかもしれませんね。

最後まで「ありがとう」と言い続け、幸せを感じ、さらに人生最後の表情がなんと笑顔だったのです。

こんな幸せな最期は少なくとも2度目の病院では絶対に不可能だと断言できます。

死を共に受け入れる覚悟

死を肯定することは生を肯定すること。

家族や両親の死の準備から目を背けず、共に受け入れることで、最期まで人間らしく共に生きることができます。(もちろん必ずしも同居という形態である必要はありません。)

最初にガンを患い、そのあと脳卒中を起こしたとき、祖母は老人ホームに入れられ、ほとんど一人で放っておかれました。
彼女の死は長く辛いものでした。

死にゆく人と共にあること: マインドフルネスによる終末期ケア

彼女の死は長く辛いものでした。

という1フレーズがとても心に沁みます。

それは1960年代の初頭で、医学界は、死ぬことを病気として扱っており、出産も同様でした。
死はたいてい家の外に追いやられ、病院のなかで「取り扱われるもの」でした。
私は、飾り気のない大きな洞窟のような老人ホームを訪れました。
部屋のなかは、親族に見守られることなく見捨てられた人たちのベッドでいっぱいでした。
私は、「死なせてちょうだい」、「死ぬことを手伝ってちょうだい」と、祖母が父に懇願しているのを耳にしたときのことを忘れることができません。
祖母には、私たちがそばにいることが必要でした。
それなのに私たちは、苦しんでいる祖母から目を背けたのです。
中略
彼女の味わった悲惨さの原因は私をふくめて家族が死を恐れていたことにあることがわかりました。
そのとき、私は、人が亡くなる時、その人のために、そこにいることができるようになろうと誓いました。

死にゆく人と共にあること: マインドフルネスによる終末期ケア

1960年代のこと。

先進国ではすでにこういった状況はほとんど解消されていると信じたいですが、日本ではまだこういった状況が蔓延っているのではないか?

いかがでしょうか?

もちろんホームに入所することを否定するわけではありません。

しかし必ず訪れる死から目を背けるために入所や入院を放置することに関して、今一度倫理的な議論が必要なのかもしれません。

死を共に受け入れ共に最期の道を共に歩くことこそ、その後の人生観でさらなる生の肯定に繋がるのではないでしょうか。

出典:厚生労働省「平成29年度一般国民票」290329参考資料5修正版)資料2-1_意識調査結果

資料のリンク

Kotaro
Kotaro
フォトグラファー&サウンドデザイナー。
音大を卒業後ピアニストとして活動。
自身のピアノトリオで活動後北欧スウェーデンにてシンガーアーティストLindha Kallerdahlと声帯とピアノによる即興哲学を研究。
その後ドイツへ渡りケルンにてAchim Tangと共に作品制作。
帰国後、金田式電流伝送DC録音の名手:五島昭彦氏のスタジオ「タイムマシンレコード」にアシスタントとして弟子入りし、録音エンジニアとしての活動開始。
独立後、音楽レーベル「芸術工房Pinocoa(現在はKotaro Studioに統合)」を立ち上げ、タンゴやクラシックなどのアコースティック音楽作品を多数プロデュース。
その後、秋山庄太郎氏後継の写真スタジオ「村上アーカイブス」でサウンドデザイナー兼音響担当として映像制作チームに参加。
本格的に写真、映像技術を学ぶ。
現在はKotaro Studioにて民族音楽に関する文化を研究。
Pinocoaでは約7年の在宅介護の経験から、誰かに癒しを届けるためのヒーリングコンテンツを研究。
「誰かのためにただここに在る」をコンセプトに誰かがいつでも訪れ安心感が得られるサイトを模索中。
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