Julio De Caro (フリオ・デ・カロ)


※この記事は2020年3月24日に更新されました。

引用:Wikipedia

1899年12月11日 -1980年5月11日(80歳没 )

フリオ・デ・カロ楽団代表でタンゴの作曲家、バイオリニストです。

英才教育

クラシック音楽院の教授の家で生まれ、バイオリンを習得します。

1916年17歳の頃に、エドゥアルド・アローラス楽団に入団。

その後、ファン・カルロス・コビアン楽団に入団、この楽団のバンドネオン奏者は、有名なペドロ・マフィアでした。

後にこの楽団は、代表兼ピアニストのファン・カルロス・ゴビアンがニューヨークに移住してしまったため、ファン・カルロス・ゴビアン楽団を引き継ぐことになり、フリオ・デ・カロ六重奏団となります。

1924年のことでした。

ジャズとの融合

1930年代、アルゼンチンでもジャズが徐々に流行はじめ、フリオ・デ・カロ楽団も、ドラムや木管楽器などを導入した『オルケスタ・メロディカ・インテルナシオナル』 (Orquesta Melódica Internacional) という編成で、スウィング・ジャズ風のアレンジも行うようになります。

しかし、やはり保守層からの支持を得るまでにはいたりませんでした。

しかし、新しい演奏を目指す前衛姿勢は、後に高く評価されることになります。

1954年55歳で引退したフリオ・デ・カロは、タンゴ界で『 デカリシモ 』 (decarismo) 、「デ・カロ的な」という言葉を残し、伝説となります。

デ・カロの引退後は踊れるタンゴではなく耳で聴くだけのタンゴが主流となっていきましたが、踊れるタンゴとしての機能を失うことなく作編曲を行うという手法はデ・カロの特徴であり革新的な革命でした。

代表作品

フリオ・デ・カロ作曲

  • Boedo - ボエド
  • Todo corazón - トド・コラソン
  • Guardia vieja - グアルディア・ビエハ 
  • Orgullo criollo - オルグージョ・クリオージョ

これらの他にも、もちろん数多くの代表作品を残していますが、この中からPinocoa Tangoのチャンネルに掲載されているBoedoをバリオ・シノからお届けします!

→Boedo por Barrio Shino(Youtubeへ移動します)

フリオ・デ・カロのオリジナルサウンドも気になる方はこちらのアルバムに収録されています!

おしのメモ

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