Mozart Piano Sonata (K547a )

楽曲の概要

1788年7月10日 ウィーンで作曲したと言われています。

1799年にBreitkopfとHärtelによってオリジナルのソナタとして公開されましたが、すぐに他の作曲から選別されたフレーズの合体であることがわかりました。

モーツァルトのピアノソナタ第19番と呼ばれることもあります。

自筆譜は未発見となっています。

作曲されたとされている1788年の前年、1787年5月28日に父レオポルトが亡くなっています。

レオポルトの死後、モーツァルトの生活は堕落していったことは有名です。

当時このような手紙をお金を貸してくれていたプフベルクに贈っています。

このごろ、自分から市内に出かけて、お示し下さった友情に対して、じかにお礼を申し上げることができるものと、いつも思っていました。
ところが今はとてもあなたの前に現れるだけの勇気がありません。
正直のところ、拝借したものをそんなに早くお返しすることがどうしてもできませんので、まだご猶予をお願いしなければならないのです!
現在の状況もそうですが、あなたが私の望みどおりに援助して下さることができないということは、いろいろと心配の種になります!
目下私は、どうしてもお金を調達しなければならない事情にあります。
しかし、ああ、だれに頼ったらいいのでしょう?

モーツァルト
プフベルク

プフベルクはウィーンで音楽好きの織物商として活動していました。

フリーメーソンの「真の融和」ロッジで会計係もしていました。

モーツァルトは1784年12月14日にフリーメイソンに入会しいますので、ロッジを通じて親しくなったと思われます。

最晩年頃、モーツァルトからの借金の申込みに唯一応じていたとされる人物で有名。

ちなみに残っている約20通の手紙から分析すると、プフベルクは合計(約)1415フローリンのお金を貸していたそうです。

1415フローリンは現在の価値で計算すると・・・?(準備中)

モーツァルトは生前返済することはできませんでしたが、プフベルクは未亡人となったコンスタンツェに請求しなかったどころか、さらに金を貸していたそうです。

後にコンスタンツェはモーツァルトの出版物などの収益から工面し返済したと言われています。

この時期になんとか、ピアノソナタ19番とも呼ばれるヘ長調の過去フレーズの継ぎはぎを作曲していたことを考えると、「大胆仮説!モーツァルトは一人じゃない?!」説はかなり説得力がありそうです。

信じるか信じないかはあなた次第となりますが、気になる方はこちらの記事を読んでみてください。

【大胆仮説】モーツァルトは一人じゃない!?

PinocoaのYoutube