グリーフケアとは

誰かの悲観を思いやる気持ちに資格や認定は必要ありません。
一人一人がグリーフケアの専門家として身近な人を支えていこうではありませんか。

グリーフケアとは、直訳すると、「悲観(Grief)のケア(care)」と訳されます。

主に大切な人を失った喪失感(死別)のケアを目的としていますが、喪失の範囲は広く、ペットの死、身体機能の一部を失う悲観、離婚や失恋や老化まで幅広くケアの対象とされています。

誰もが必ず通る道

グリーフは生きていれば誰もが必ず通る道であると言えます。

人は生まれて例外なく必ず死にます。

介護生活からの看取りもあれば、事故や災害などで突然訪れる別れもあります。

さらに老化現象に伴う身体機能の低下もアスリートにとっては特に重大な喪失体験と言えるでしょう。

そんな喪失を癒すケアが近年注目を集めています。

死別後の悲観反応は正常

どういった形であれ大切な人と死別した喪失感、そして悲観の感情は極めて正常だと言われています。

通称グリーフスパイラルと呼ばれるこの反応は、哀しみの中で、「転換、怒り罪悪感、混乱、否認、抑うつ、あきらめ」がスパイラルし、再生へ向かうとされています。

これは司祭であり哲学者のアルフォンス・デーケン氏の悲嘆の12プロセスが元になっています。

悲嘆の12プロセス

引用:よく生き よく笑い よき死と出会う

1段階 精神的打撃と麻痺状態

愛する人の死という衝撃によって、一時的に現実感覚が麻痺状態に。

一種の防衛機能であり、心身のショックを和らげる、本能的な機能となっています。

2段階 否認

死という事実を認めることを否定します。

3段階 パニック

身近な人の死に直面した恐怖から、極度のパニック状態に。

悲嘆プロセスの初期に顕著な現象ですがなるべく早く抜け出すことが望ましいとされています。

4段階 怒りと不当感

ショックがやや収まり「なぜ私だけが、こんな目に合わなければならないのか」という、不当な仕打ちを受けたという感情が沸き上がります。

急病や災害、事故、自死などのような、突然死の後では強い怒りが爆発的に吹き出してきます。

故人に対してや、運命や神、加害者、さらに自分自身に対する強い怒りを感じることもあります。

5段階 敵意とうらみ(ルサンチマン)

周囲の人々や故人に対し、敵意という形でやり場のない感情をぶつけます。

病死の場合、敵意の矛先は、最後まで故人のそばにいた医療関係者に向けられるケースが圧倒的。

6段階 罪意識

悲嘆の行為を代表する反応。

「もっとこうしてあげればよかった。」などの後悔の心境。

7段階 空想形成・幻想

空想の中で、故人がまだ生きているかのように思い込みます。

実生活でも亡くなった子供の部屋を片付けられず、何年もそのままにしているという例や、いつ子供が帰ってきてもいいように、毎晩ベッドの上にパジャマまでそろえておくという話なども。

8段階 孤独感と抑うつ

葬儀などが一段落し、周囲が落ち着いてくると、紛らわしようのない寂しさが襲ってきます。

健全な悲嘆のプロセスの一部分ですが、早く乗り越えようとする努力と周囲の援助が大切です。

9段階 精神的混乱とアパシー(無関心)

あらゆることに関心を失います。

10段階 あきらめー受容

自分の置かれた状況を「あきらか」に見つめて受け入れ、つらい現実に勇気をもって直面しようとする努力が始まります。

11段階 新しい希望ーユーモアと笑いの再発見

こわばっていた顔にも少しずつ微笑みが戻り、ユーモアのセンスもよみがえってきます。

ユーモアと笑いは健康的な生活に欠かせない要素。

その復活は悲嘆のプロセスをうまく乗り切ったしるしとも言えましょう。

12段階 立ち直りの段階ー新しいアイデンティティの誕生

立ち直りの段階を迎えます。

しかし、愛する人を失う以前の自分に戻るということではありません。

苦悩に満ちた悲嘆のプロセスを経て、新たなアイデンティティを獲得し、より成熟した人格者として生まれ変わることができるのです。

グリーフケアの歴史

1960年代から、アメリカで始まりました。

その後、ヨーロッパへ。

日本では1970年代頃からグリーフケアが意識され始めました。

アメリカ・イギリス・オーストラリアなどの病院では、遺族が定期的に同じ病院を訪れ、グリーフケアを受けるのは一般的です。

日本ではこれから

日本ではまだグリーフケアという言葉自体が浸透しておらず、まだまだ発展途上だと言えます。

問い合わせてみたところ某政令指定都市ではグリーフケアを導入している病院は1箇所だけでした。(2021年時点)

首都圏になると、「グリーフケア外来」「遺族外来」がある病院などもありますが、日本の年間の死者数137万2755人(厚生労働省『人口動態調査 令和2年』)に対してはまだまだ少数と言えるのではないでしょうか。

厚生労働省の人口動態統計によると、年間死亡者数は2003年に100万人を超え、2017年は前年より3万人以上多い134万0397人で戦後最多を更新した。
1日に約3672人、1時間あたり約153人、約・5秒に1人が亡くなっている計算である。
国立社会保障・人口問題研究所は、平成年の国勢調査の結果をもとに、日本の将来推計人口を提示している。
それによると、2024年には年間死亡者数は150万人を超え、2039年及び2040年に167万9000人でピークを迎えると予測されている。

喪失学 「ロス後」をどう生きるか?

担当してくれた看護師がさりげなくサポートしてくれるケースもありますが、在宅でも病院でも大切な人が死を迎え、残された家族はほったらかしのケースがほとんどなのが現状ではないでしょうか。

また、「精神科」という名称が大きなハードルとなって気軽にカウンセリングを受けられる環境が整っていなかったり、政府や市が運営する「相談窓口」や「自殺防止の窓口」も何度かけても電話が繋がらなかったりと正常に機能していないのが現状です。(2021年時点)

曖昧だからこそ・・・

グリーフケアのマニュアルのようなものは確立されていません。

また、専門職のようなものも存在せず、民間の協会や団体が独自に発行している「認定」しかありません。

曖昧だからこそ、グリーフケアが必要な方、また癒しが必要な方にどういった癒しを届けられるのか?を私たち一人一人が考え寄り添ってあげることで救える悲観があると言えるのではないでしょうか。

誰かの悲観を思いやる気持ちに資格や認定は必要ありません。

一人一人がグリーフケアの専門家として身近な人を支えていこうではありませんか。

Kotaro
Kotaro
フォトグラファー&サウンドデザイナー。
音大を卒業後ピアニストとして活動。
自身のピアノトリオで活動後北欧スウェーデンにてシンガーアーティストLindha Kallerdahlと声帯とピアノによる即興哲学を研究。
その後ドイツへ渡りケルンにてAchim Tangと共に作品制作。
帰国後、金田式電流伝送DC録音の名手:五島昭彦氏のスタジオ「タイムマシンレコード」にアシスタントとして弟子入りし、録音エンジニアとしての活動開始。
独立後、音楽レーベル「芸術工房Pinocoa(現在はKotaro Studioに統合)」を立ち上げ、タンゴやクラシックなどのアコースティック音楽作品を多数プロデュース。
その後、秋山庄太郎氏後継の写真スタジオ「村上アーカイブス」でサウンドデザイナー兼音響担当として映像制作チームに参加。
本格的に写真、映像技術を学ぶ。
現在はKotaro Studioにて民族音楽に関する文化を研究。
Pinocoaでは約7年の在宅介護の経験から、誰かに癒しを届けるためのヒーリングコンテンツを研究。
「誰かのためにただここに在る」をコンセプトに誰かがいつでも訪れ安心感が得られるサイトを模索中。
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